生野代官所跡
生野代官所跡
■概要■
「生野の変」で平尾国臣らが占拠した生野代官所跡。生野義挙碑がある
■見どころ■
生野代官所跡地に昭和15年(1940年)に「生野義挙碑」が建立された
■歴史■
生野の変:文久3年(1863年)10月、平野国臣、北垣晋太郎、河上弥市らが公卿・沢宣嘉を擁し但馬国生野で挙兵した事件。
■逸話■
天誅組に呼応しての行動を目論んでいたものの、天誅組壊滅の報を聞き、挙兵を決行するか中止するか意見が分かれたが、近郷の豪農商層を農兵に組織して生野代官所を占拠した。直後に出石藩兵、姫路藩兵が鎮圧のため進軍したと聞くと、諸藩相手に勝ち目は薄いとし、平野国臣は兵を解散し、澤を脱出させた。
■ガイドパネル■
生野代官所跡(生野平城跡):天文11年(1542)山名祐豊は生野銀山経営の拠点として生野城を築城しました。三層の天守閣、隅櫓、外堀をそなえた城で、侍屋敷、町屋、寺社も整い、繁盛したと記録に残されています。その後、銀山の経営は太田垣、織田、豊臣と変わり、関ヶ原の戦いを経て徳川氏に帰属し、この城の本陣を代官所としました。寛永6年(1629)には天守閣及び隅櫓を取り崩しましたが、270年にわたって銀山経営の中心でした。明治維新により銀山は政府直轄となり、明治2年(1869)生野県設置とともに、代官所を県庁舎としました。明治4年(1871)生野県が豊岡県に統合されると同時に建物は除去され、城壁と外堀のみが残りましたが、大正末期には全部が取り壊されました。
■観光情報■
| 所在地: | 兵庫県朝来市生野町口銀谷586 |
| アクセス: | JR播但線 生野駅徒歩約10分 |
| 御朱印/御城印など: | - |
| オフィシャルサイト: | なし |