旅と史跡の記録

丸亀城

丸亀城

■概要■

現存十二天守の城のひとつ。丸亀藩主の居城。

大手一の門

三ノ丸跡

勤王碑

二ノ丸井戸

本丸石垣

丸亀城天守

天守内

本丸広場

玄関先御門

丸亀市立資料館

■見どころ■

日本一高い石垣をもつ「石垣の名城」とも言われる。また、万治3年(1660年)に完成した天守は、現存12天守の中で最も小さいという。大手一の門・二の門は、江戸時代中期(1670年頃)に建築されたもの。

■歴史■

古くは宇多津城主・奈良氏がここに城砦を構えたと伝わる。慶長2年(1597年)生駒正親により本城である高松城の支城として築城された。元和元年(1615年)には一国一城令で廃城となる。その後、生駒家がお家騒動で転封になると、山崎家治が寛永18年(1641年)に領主となり丸亀藩が立藩。丸亀城が再築城された。万治元年(1658年)無嗣断絶し改易された山崎氏に代わり、京極高和が藩主となり、以降廃藩置県となるまで京極家の居城となった。

■逸話■

丸亀城の怪談①:二ノ丸の井戸伝説
亀山城の石垣が完成し、「空飛ぶ鳥以外にこの城壁を乗り越えられるものはあるまい」と殿様が言うと、城の石垣を完成させた功労者である羽坂重三郎が、「私に1尺余りの鉄棒をくだされば、容易に登ることができます」と、鉄棒を使って軽々と登って見せた。重三郎を生かしておけば敵に通じた場合恐ろしいことになる、と考えた殿様は、井戸の底を重三郎に探らせ、その隙に石を投げ落とし殺してしまった。その後、石を落として水が干上がったはずの井戸から水の音が聞こえる、井戸の周りで青白い炎を見た、 殿様の枕元に重三郎の幽霊が現れた、などの噂が流れるようになったという。
丸亀城の怪談②:豆腐売りの人柱伝説
丸亀城築城の際、石垣の積み上げが上手くいかず、人柱を立てることになった。雨が降る夕暮れ、雨で豆腐が売れずたまたま作業現場近くを通り掛かった豆腐売りが捕えられ、人柱にされた。以来、雨の降る夜には石垣付近で「トーフー、トーフー」という豆腐売りの声が聞こえてくるようになったという。

■ガイドパネル■

勤王碑:幕末から明治初めに活躍した郷士の勤王志士土肥実光(大作)、村岡宗四郎が大正8年贈位されたのを記念し、勤王志士遺烈表彰会が大正16年に建立した。土肥大作は天保8年現城西町で生まれ、征討軍参謀を経て新治県(茨城県)参事在任中明治5年3月36歳で死去した。村岡宗四郎は弘化2年魚屋町で生まれ、母は勤王家小橋家の息女。その影響で勤王に志し活躍中、慶応3年1月22歳で死去した。

■観光情報■

所在地:  香川県丸亀市一番丁 
アクセス:  JR丸亀駅徒歩約15分 
御朱印/御城印など:  あり 
オフィシャルサイト: あり