旅と史跡の記録

河田小龍生誕地・墨雲洞跡碑

河田小龍生誕地・墨雲洞跡碑

■概要■

幕末の画家で儒学者・河田小龍の誕生地

■逸話■

嘉永5年(1852年)、漁船で遭難しアメリカに渡った後日本に帰国したジョン万次郎の取り調べを命じられ、自宅に寄宿させた万次郎から異国の様子を聞き、挿絵入りの書「漂巽紀畧」を記した。

■ガイドパネル■

名は維鶴、別号小梁皤山など。文政7年土生玉助、礼子の長男として旧浦戸町片町(南方30m)に生。画は島本蘭渓、儒を岡本寧浦。京に上り狩野永岳、中林竹洞、長崎の木下逸雲に学び、南北合派を習得。蘭学画事を土佐に伝えた、嘉永5年米国から帰郷した中浜万次郎とここで寝食を共にし「源巽紀略」を著し日本の開国に益した。のち築屋敷の仮寓先で青年坂本龍馬に世界の情勢を語り、洋船操縦技術習得の急務を述べ、後に亀山社中土佐海援隊で活躍した長岡謙吉、近藤長次郎、新宮馬之助らは小龍の弟子である。この地に膨大な画人や志士達に新思想を鼓吹啓蒙しや記念すべき土地である。ここにこの碑を残し永く後世に伝わらんことを願望する。

■観光情報■

所在地:  高知県高知市南はりまや町2丁目1−34 
アクセス:  路面電車 はりまや駅 徒歩約3分 
御朱印/御城印など:  - 
オフィシャルサイト: なし