翠紅館跡
翠紅館跡
■概要■
幕末の志士達の会合の場のひとつ
■見どころ■
料亭の門前に碑が建てられている
■歴史■
正法寺の塔頭のひとつ東光寺があり、鎌倉時代に公家・鷲尾家が買い取り、景観が素晴らしく「翠」「紅」の素晴らしい館という意味で「翠紅館」と名付けられたという。その後、西本願寺の東山別院に寄進された。幕末には尊皇攘夷派の志士の会合の場として利用された。
■ガイドパネル■
ここに幕末の頃、翠紅館と呼ばれていた屋敷があり、たびたび志士達の会合の場となっていた。 もとは正法寺というお寺の塔頭のひとつがあり、眺望が良く、会合などに利用されていたのを鎌倉時代に公家の鷲尾家が買い取り、その景観の素晴らしさから「翠」「紅」の素晴らしい館という意味で名付けたといわれる。その後、鷲尾家から西本願寺の東山別院に寄進された。 文久3年(1863)正月27日には、土佐藩の武市半平太、長州藩の井上聞多、久坂玄瑞ら多数が集まり、ついで同年6月17日にも、長州藩の桂小五郎、久留米藩の真木保臣(和泉守)らが集まった。この数年前から攘夷運動は次第に高まり、反幕府の政治勢力となりつつあったが、これら各藩の志士代表者会議で、攘夷の具体的な方法が検討され、世にこれを翠紅館会議という。同年8月13日には、孝明天皇の大和行幸の詔書が出されて攘夷運動は頂点に達した。 しかし8月18日に政変が起こり、その結果攘夷派は失脚、代って公武合体派が主導権を握り、幕末の政局は混迷の度を増していった。
■観光情報■
| 所在地: | 京都府京都市東山区桝屋町356 |
| アクセス: | 清水道バス停 徒歩約5分 |
| 御朱印/御城印など: | - |
| オフィシャルサイト: | なし |