鳥羽伏見戦の弾痕
鳥羽伏見戦の弾痕
■概要■
料亭の柱と格子についた鳥羽伏見の戦いの際の弾痕
■見どころ■
料亭の前に説明板が設置されている
■ガイドパネル■
右側、格子に数條ある痕跡は鳥羽伏見戦(1868年)の弾痕です。幕末の慶應4年1月3日、4日に此処伏見で薩長土連合の新政府軍と幕府軍とが大激戦をくりひろげました。世にいう鳥羽伏見の戦いです。(明治維新の最初の戦) 幕府の大政奉還の奏上、朝廷の"王制復古の令”の直後朝廷側が決定した第15代将軍慶喜の辞官、納地(一切の官職と幕府領の返上)は、幕府を怒らせ、京へ攻め上がって参りました。新政府軍は、これを鳥羽伏見で迎え撃ち、伏見では一大市街戦が展開され、幕府軍は敗れ、淀、大阪方面へ退却しました。この戦乱で伏見の街の南半分が戦災焼失、街は焼野原となりましたが、幸いにして、この建物は弾痕のみの被害で焼失を免れました。
■観光情報■
| 所在地: | 京都府京都市伏見区京町3丁目187 |
| アクセス: | 京阪本線伏見桃山駅徒歩約1分 |
| 御朱印/御城印など: | - |
| オフィシャルサイト: | なし |