旅と史跡の記録

淀小橋旧跡

淀小橋旧跡

■概要■

鳥羽伏見の戦いで淀城に入城を拒否された幕府軍が焼き落とした小橋の跡碑

■見どころ■

宇治川に架けられた、京都・伏見と大坂を結ぶ街道にあった橋の跡。道路沿いに碑が建てられている。

■歴史■

鳥羽伏見の戦いで淀城に入城を拒否された幕府軍が、淀小橋・淀大橋を焼き落とした。橋はすぐに再建されたが、明治期に川の改良工事が行われ、橋は不要になったため撤去された。

■ガイドパネル■

淀小橋は、かつてここを流れていた宇治川に架けられた橋で、紀伊郡納所村と淀野城下町とを結んでいた。京都・伏見と大坂とを結ぶ街道にあった重要な橋である。慶応4年(1868)正月3日鳥羽伏見の戦いが始まった。当時の淀藩主であった稲葉正邦は、板倉勝静らと共に幕府老中の住職にあり、淀城は幕府型の重要拠点だった。ただし藩主正邦は淀におらず、城の留守は家老の田辺権太夫が守っていた。5日、藤ノ森・千両松の戦いで官軍に敗れた幕府軍は、態勢を立て直すべく淀城へ入ろうとしたが、権太夫が、官軍方の働きかけを受け、幕府軍の入城を拒んだという。そのため幕府軍は、淀小橋・淀大橋を焼き落としたうえで、さらに南の橋本(八幡市)まで退却した。このあと、淀城は官軍に対して開城する。幕府軍にとって淀城を失った打撃は大きく、鳥羽伏見の戦いの趨勢を決めた要因の一つとも言われている。淀小橋はすぐに再建されたが、淀川改良工事の一環として、明治36年(1903)に宇治川が付け替えられ、現在お流路へ変わると、この地に橋は不要となり撤去された。

■観光情報■

所在地:  京都府京都市伏見区納所町104 
アクセス:  京阪本線淀駅徒歩約5分 
御朱印/御城印など:  - 
オフィシャルサイト: なし