旅と史跡の記録

池田屋跡

池田屋跡

■概要■

新選組が倒幕派志士を襲撃・捕縛した、旅籠・池田屋の跡地

■見どころ■

現在は新選組をコンセプトにした居酒屋があり、店前に石碑が建てられている。

■歴史■

新選組が、商人・枡屋喜右衛門こと古高俊太郎を捕縛すると、尊皇攘夷派の過激志士が強風の日に御所に放火し、その混乱に乗じて孝明天皇を長州に連れ去る、という計画の情報を得る。新選組は近藤隊、土方隊などに分かれ、祇園を探索。近藤隊(沖田総司、永倉新八、藤堂平助など)が池田屋で謀議中の志士を発見し、戦闘になった。この事件で尊攘派の吉田稔麿、宮部鼎蔵、松田重助、北添佶摩、望月亀弥太らが死亡。また近藤隊にも死傷者が出た。

■ガイドパネル■

元治元年(1864)旧暦6月5日「祇園祭宵々山」、四条小橋の古高俊太郎を捕らえ厳しく取り調べた結果、倒幕派がクーデターを起こす計画を知った新選組は、三条小橋西詰北側の旅篭「池田屋」で審議中の長州、土佐、肥後各藩の尊皇攘夷派志士役20名を、近藤勇率いる新選組10名で襲撃し、多くの死傷者を出しました。この事件で倒幕が一年遅れたといわれるほど、尊攘派は大きな痛手を被りました。一方、新選組はこの事件の手柄を機に、一躍名をあげました。文久3年2月(1863)早朝、浪士組(後に新選組)は東海道五十三次の終点であるここ三条大橋、小橋を渡り、池田屋の前を通り壬生屯所に向かっていました。まさか、その1年3ヵ月後にそこで死闘が繰り広げられるなど、誰も予想していなかったことでしょう。

■観光情報■

所在地:  京都府京都市中京区中島町78 
アクセス:  地下鉄東西線三条駅徒歩約3分 
御朱印/御城印など:  - 
オフィシャルサイト: なし