実相山本光寺
実相山本光寺
■概要■
弘油小路の変で襲撃された伊東甲子太郎は、本光寺の題目石塔に寄りかかり絶命したとされる
伊東甲子太郎殉難地碑
伊東甲子太郎絶命の題目石塔
■見どころ■
門前に殉難地を示す石碑、門を入ってすぐの場所に題目石塔がある。油小路の変殉難者の位牌を祀っている。
■歴史■
慶長15年(1610)創建の寺院。
■逸話■
“油小路の変”で新選組に襲撃された御陵衛士・伊東甲子太郎は、本光寺の題目石塔に寄りかかり絶命したといわれている。 伊東の遺体は油小路七条の辻に放置され、遺体を引き取りにきた御陵衛士7人のうち、藤堂平助、服部武雄、毛内有之助が討死した。
■ガイドパネル■
「伊東甲子太郎は常陸(茨城県)の出身で、学問もでき、剣は北辰一刀流の名手であった。 元治元年(1864)に門弟ら7人を率いて新選組に入隊し、参謀として重視された。 しかし、尊皇派であった伊東は、次第に隊長近藤勇と相反するようになり、慶應3年(1867)3月に同士15人とともに新選組を脱退して御陵衛士となり、高台寺月真院を屯所とした。その後、薩摩藩の援助を受け、盛んに倒幕を説いた。 しかし、新選組との対立は深く、同年11月近藤勇らは、伊東を招いて酒をふるまい、酔った伊東をその帰路、この地で刺殺した。 この知らせを聞いた伊東一派は、直ちに駆け付けたが、待ち伏せしていた新選組数10名の隊士に襲われ、3名が斬られた。 世にこれを油小路七条の変という。」(抜粋)
■観光情報■
| 所在地: | 京都府京都市下京区油小路町281 |
| アクセス: | JR京都駅 徒歩約10分 |
| 御朱印/御城印など: | あり |
| オフィシャルサイト: | あり |