角屋
角屋
■概要■
島原遊郭の揚屋跡。「新選組の刀傷の角屋」碑や「久坂玄瑞の密議の角屋」碑などが建てられている
新選組の刀傷の角屋碑
久坂玄瑞の密議の角屋碑
東鴻臚館址碑
■見どころ■
揚屋建築の唯一の遺構として、国の重要文化財に指定されている。現在は「角屋もてなしの文化美術館」として公開されている。
■逸話■
初期新選組の局長の一人・芹沢鴨が宴席での店の対応に腹を立て大暴れし、店主の角屋徳右衛門に7日間の営業停止を一方的に言いつけた。のちに芹沢は会津藩が催した角屋での宴会で泥酔し、屯所に帰った後に暗殺されている。
■ガイドパネル■
角屋は、寛永18年(1641)の島原開設当初から連綿と続く揚屋(今でいう料亭で、江戸期京都では民間最大規模の宴会場)です。揚屋は江戸の吉原になく、京島原都大阪新町にありました。揚屋は置屋から太夫(傾城の最高位)や芸妓を呼び、遊宴するところです。島原の角屋をはじめとする揚屋は、遊宴のみならず、和歌、誹諧の文芸の席やお茶の席があり、文化サロンとしての役割を果たしていました。したがっていわゆる遊郭の店でなく、外観の格子造りも、京の近世初期の町家の形を遺しており、吉原の牢屋のような格子造りではありません。幕末ごろは、新選組の局長クラスの宴会があり、また隊士が勤皇派を探索に来ましたが、ここでは池田屋のような乱闘はありませんでした。因みに芹沢鴨は、文久3年(1863)9月18日に角屋で行われた新選組局長クラスの宴会に出席し、その夜屯所で暗殺されました。
■観光情報■
| 所在地: | 京都府京都市下京区西新屋敷揚屋町32 |
| アクセス: | JR山陰本線丹波口徒歩約6分 |
| 御朱印/御城印など: | - |
| オフィシャルサイト: | あり |